酒を止めるにゃブログが良い

禁酒している間は絶対に書くブログ。断酒やらアルコールやら。

爆発(禁酒370日目)

無駄遣いしないようにしないようにと思っていたが、やってしまった。

しょうもない無駄遣い。

でも妙にスッキリしている。

まぁ、1年禁酒を頑張った記念と言うことで無理矢理納得させるしかない。

それのおかげか、やろうと思っていたことが少しできた。それだけでもとりあえずオッケーと考えよ。最近睡眠が乱れに乱れているが、今日あたりを少しでも治したい。一気に治ると思わないならほんとに少しずつだけど。

 無駄遣いしたおかげか、最近のストレス的なものはなくなっています。ストレスがなくならないのだけれど、やっぱりこの解消の方法はどうかなと自分でも思う。

まぁ、お酒を飲んでいた時だったらこれの倍以上の爆発をして金額何かもっと言っていただろう。

とは言え、ここ最近の無駄遣いの衝動は、一昔前のお酒を飲んでいた時代のようだ。そろそろやっぱり溜まってるんだろうか。難しい。頑張ってるからこその疲れなのか。

 

本日もありがとうございました。

親ガチャ(禁酒368日目)

ぬるりと禁酒一年を超えたが、むしろやる気を出さ下がり中。

しかしお酒は飲んでおらず。

お酒は飲んでいない1番の理由は、単に朝が早いからだ。それ以外何もない。

酔っ払った状態で出歩きたくないだけである。

もし全てが家で完結するようになったならば、確実に再び酒を飲みだすだろう。

今のところそのめどが立っていないから良いのだけれど。

 

結局のところ、自分がお酒にハマっていた理由はお酒自体にはなく自分自身の問題である。

禁酒も2年目。

次はその問題に対処していかなければ。

一番の問題は何かと言えば、自尊心の低さか。そして乱れやすい生活。さてさて。

 

最近巷で話題になっている言葉の1つが、親ガチャと言うものだ。

アル中にとっては、無視できない言葉の1つなんじゃないだろうか。

それは例えばアル中になる原因が、親であったり、また自分がアル中であるが故に、子供から見放されたり。

 

今のところ子供は自分にいないので、当てはまるのは前者だけである。

思えば自分の親父もアル中だ。

 

と言うより、遺伝子では生粋のアル中だ。

 

遥か昔のご先祖様、祖母の祖父は広い田んぼを持っていたのに、それを全てお酒で潰したと言う今時時代劇でも聞かないようなことをやったらしい。

 

自分自身で決められる事は、自分が思った以上に少ないと言うのは、昔ブログにも書いた。親、生活環境、そして遺伝子。その他様々なものが自分自身を生み出していく。

このようなことを、カジュアルにガチャと呼びたくなるのもとてもわかる。

 

でも問題自体は昔からあったことだろう。

それに呼び名がついただけにすぎない。呼び名がついただけまだマシかもしれない。

 

そんな呼び名もなかった頃は、親のせいにはできないで、全部自分のせいだと言われていた。

勉強できない自分が悪い。コミニケーションが取れない自分が悪い。容姿が悪い自分が悪い。センスが悪い自分が悪い。努力できない自分が悪い。

そいつが悪いのだから、攻撃しても何も問題がない。そういう考えは絶対にある。

でもこれらは、果たしてその本人がどれほど責任があるのだろうか。

 

努力次第で、なんとかなることもある。

しかsk言ってしまえば努力ですら才能に左右される。

 

努力する才能がなければ、まず努力する努力が必要だ。

一見同じ努力でも、この時点で倍の労力の差が発生してることになる。

それはハンデがあると言える。

人には見えないアドバンテージ、そしてハンデがある。

 

どうにかしてほしいなら、助けてと声をあげればいいと言う。

その声の上げることすら場所を間違えれば無意味なものとなる。

振り絞ってあげた声を嘲笑されれば、二度と声をあげる事はなくなるし、それがきっかけで、悪い方向へ最後の1歩だって踏み出すだろう。

そしてそんな人間は、この国にはたくさんいる。その事実がわかっているから、みんな斜に構えるようになって、それでも助けてと声を上げるために生み出された言葉が親ガチャという言葉なんだと思う。

その言葉自体を、恵まれた人生を歩んできた人々が忌み嫌うが(あるいは恵まれていなくても何とかできる環境や力をもっていた人たち)その言葉が持っている本質を、見落としてはならない。

平気で見落とす人たちは、自殺した人々に対してなんで死んだとか言うのだろう。

 

なんで死んだかと嘆きながら、その現状をどうにかする気なんかみんなさらさらない。それがわかっているからますますみんな斜に構えていく。

 

親ガチャと言う言葉自体はカジュアルすぎて好きではないが、いろいろとみんなが考えるきっかけになると言う意味では良い言葉かもしれない。

 

禁酒して、お酒に逃げられなくなってから、以前以上に色々と面倒なことを考えるようになった。

 

本日もありがとうございました。

リズム乱れて(禁酒363日目)

ちょっとした油断からまた生活リズムが乱れてしまっている。

見られているなりにちょっとずつだけど進んでいるからいいと言うことにしておきたいけど。1年を目前にこんな状態では様にはならないが、こんな情けないのがまた自分であると受け入れてやれるのは自分だけ。

私は弱さを認められなかったからお酒に逃げていたのかもしれない。自分は弱い人間であると理解して、理解した上で受け入れて前に進んでいきたい。

重力(禁酒362日目)

人間と言うのは、いろいろタイミングがある。

いちど手放したものが、まるでまだ手放さないでとでも言うように、いろいろな偶然が重なることがある。

それはまるで重力のようなものだ。

それはお酒であるかもしれないし、タバコであるかもしれないし、何か別の趣味かもしれない。悪いことばかりではなく、良いことであるかもしれない。

 

ちょうど最近、やめようと思っていた趣味でそのような現象が起きている。

どんな趣味でも起きることだが、確かにそれをもうちょっと頑張ってみれば、何か面白い道が開けるかもしれない。しかしその趣味をがんばるのはその分負担も大きくなる。

他のやりたいことを考えて一度は手放したのだが、ここにきてその趣味に関することで良いことがいろいろ起きている。

まるでまだもうちょっとやってみるとでも言うように。

まだ決断はできていない。ただ、もうちょっとやってみたいと思う自分も確かにいる。もうちょっとやってみるべきなんだろうか。

悩ましい問題である。

 

 

ダラケも一区切り(禁酒361日目)

今日で、ここ最近続いていただらけ週間は一区切り。

何もしないと決めていただけど、実際のところは模様替えを頑張ったりなどちょっと中途半端だった。

それでも、禁酒を始めてから走り続けていたところから起きる焦りからは解放されたような気もする。なんてことを言いながらまた明日から同じ気持ちになるかもしれないけど。

一区切りしたからといっていきなり全力スロットではいかないようにする。ゆっくりと組み立てていく1週間。

そういえば、今週で禁酒も1年経つのか。

1年の区切りを目安に、改めて自分がどうなりたいかを考える日々にしたいと思う。

 

タバコのデメリットとメリット(禁酒360日目)

自分は禁酒しているが、禁煙はしていない。

それなので、結構タバコは吸う。タバコと言うより、パイプを吸うのだけれど。

まぁタバコであることには変わりがない。タバコには様々なデメリットがあるが、個人的に1番大きいデメリットは、不安症状が大きく出ることだ。ぶっちゃけ健康については、ほぼ運だと思っている。タバコを吸い続けて90まで生きる人もいれば、健康な状態で20代で死ぬ人もいる。

 自分の体を使って使うギャンブルのようなものである。

だから身体的なデメリットはあまり気にしていないのだが、不安症状が大きくなるのは個人的にはきつい。もとより不安になりやすい質だから、神経がヒリヒリして落ち着かなくなってしまうのだ。

ならば吸わなければいいと言うが、タバコには個人的にメリットも多い。何が大きいのは集中力アップだ。

そんなもの幻想で、ニコチンが抜けた結果集中力がなくなっているに過ぎないと言う話は聞くが、自分には当てはまらない。

難しい本を読むのが集中力が続かず、20分ほどでせいぜいだったが、タバコを吸ったらそれよりはるかに集中して読むことができた。

自分にとってタバコの集中力アップの効果はかなりありがたい。

 

メリットも語ってはみたものの、まぁやめれるものならやめたほうがいいだろう。しかし今のところ、自分はお酒をやめるのが精一杯で。

 

いつか、タバコをやめる日も来るのだろうか??